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頬を寄せたくなる香り


燦々(さんさん)と陽が照りつける、日本の夏がやって来ます。
束の間、ほっとさせてくれるのは、
「こちらにおいで」とかくまってくれるような静かな陰り。
そして焦がれるのは、思わず頬を寄せたくなるような、あの畳の“いい香り”です。
サンダルもその場で脱いでしまって、「えいっ」と緑の海原に横たわれば、自然と呼吸も深くなるはず。

今回の主役は、そんな畳の原料「い草」です。

パラスパレスでは毎年、手元にも夏の眩しさを添えてくれる「かごバッグ」を作っています。
「どんなものをお届けしようか……」
と、今年もうんと頭を絞っていました。

「心がポンと弾むような、それでいてしみじみと心が落ち着くアイテムがいい」
考えた末にたどり着いたのは、「日本の手仕事が活きるバッグ」というアイデア。
そして注目したのが、岡山・倉敷市に工房を構える「須浪亨商店」さんが編み上げている「いかご(い草を使ったかご)」でした。
早い話が、その「いかご」の佇まいに、ひと目惚れをしてしまったのです。

「い草」ならではのしなやかな風合いと伝統的な美しさ、どこかモダンな魅力……。
なんとか、バッグ作りをご一緒したい——。
とお声がけをさせてもらい、想いが叶うことに。
そうしてじっくりと時間をかけて、今回ふたつのバッグが完成しました。
織り機を使った手提げタイプと、手編みだけで作ったすいかかごタイプ。
どちらも、「須浪亨商店」さんが長年編み上げてきた「いかご」の佇まいを存分に活かしたデザインに仕上がっています。

岡山の工房にも足を運ばせていただきました。
迎えてくれたのは、代表として切り盛りされている須浪隆貴さん。
30歳という、若き職人さんです。
現在、いかごを編まれている工房は、日本で「須浪亨商店」さんただ一軒になっているのだといいます。
「特別に楽しいこと、というのはありません。
生活の一部になってしまっているので。
だけど、特別に辛いということも何もないんです。
ただ真面目に織って、真面目に編んでいるだけなんです」
そんなふうに話してくれました。
冬は寒く、夏は暑い工房で、「ギッコンバッタン…」と織り機を動かし、「シュッシュッ」と手を動かして編み続ける毎日です。

夏の季語にもなっている「い草」。
「御座」や「縄のれん」という形でも、古くからこの日本で親しまれてきましたが、今や畳の9割は海外産の「い草」で作られているという現実があります。
須浪さんは熊本と広島から仕入れ、国産のものづくりにこだわりを持っています。
そして、もうひとつ。「泥染め」された「い草」であることも大切なポイントだといいます。

実は、畳のあのいい香りは「い草」そのものの香りではありません。
「い草」は繊維の太さを均一にするため、刈り取ってすぐに泥の入ったプールに漬け込まれることが多く、そこで「い草」と泥が化学反応を起こすことで、あの香りが生まれるんだそうです。
「必ず泥染めした縄を指定して仕入れているんです。
商品と一緒に、あのいい香りも届けたいですから」。
香りを楽しんでもらうことも、須浪さんの譲れないこだわりなのでした。

実際にバッグのサンプルが届いたときの、あの箱を開けた瞬間の心地は
なんとも言葉に表しがたいものでした。
ほどけるように、ほっとやさしく、吹き抜けるように爽やかな、あの独特のいい香り。
こんな香りと一緒に時間を過ごせたなら。どこかに出かけられたなら。
それはどんなに心地のいい夏だろうかと、想像するだけで胸が弾みます。
肌あたりも、洋服へのあたりもやさしいのに、丈夫でしなやかな素材。
どこへでも連れていきたくなるような、最高にうれしいバッグが完成しました。

使い込むほどに、青い色味は落ち着いた茶色へと変色します。
それも畳と一緒。香りだって、期間限定のお楽しみです。
けれどそれも、一緒に過ごした時間のしるし。
その頃には、一層愛おしいものへと変わっているかもしれません。

この夏は、そんな束の間の香りと風を楽しんでみませんか。


(文:中前結花)