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胸に残る、ひと夏を。

徐々に日差しが強くなり、また眩しい夏がやってきます。 日々は慌ただしく過ごしていても、夏の思い出ってやけに鮮明に記憶に残っているから不思議で す。それはまるで、サンダルの日焼けのあとのようにくっきりと。 眩しくて、カラフルで、ほんの少し切ない、そんな記憶。 振り返れば恋しくなる季節ですから、どんな1日も大切に過ごしたいものです。

そんな夏に、そっと涼やかさを添えてくれるような洋服ができました。 タテ糸は綿、ヨコ糸はリネン。さらりとした肌ざわりが自慢です。 そして注目してほしいのが、なんと言ってもこの絵柄。 これは、パラスパレスが毎年扱っている、涼をよぶ「マンガン染め」で仕上げたもの。 まさに日焼けのあとのように染め分けをする技法で、これができるのは今では日本でたった一 軒。新潟県にある「クロスリード」という生地工場だけなのです。 今回は、そんな貴重な職人仕事のお話です。

マンガン染めに使う「マンガン」とは、食べものや水にもわずかに含まれている身近な成分。 酸化すると黒くなり、中和すると白くなる、という性質を持っています。 それを活かして作られるのが、この「絣(かすり)」風のプリント。 絣糸を使用した手織物の代替として、絣を模したデザインを量産をするための技法ではあるので すが、マンガン染めは手作業が多く、職人の技術なしでは生み出せないものです。
職人たちの朝に欠かせないのは、ラジオ体操。 なにしろ力仕事ですから、しっかり体を動かしてから作業に入ります。 けれど、主に手がけているのは先染めや生地の加工で、マンガン染めの割合はごくわずか。 ですから、マンガン染めの作業は「月曜日の朝」と決まっていて、その時間を目がけて齢は60以 上の手練れの職人たちが集まってくるのだといいます。 実際に現場をたずねてみると、木の粉が舞い、機械の大きな音が響いています。 そんな中、職人たちは黙々とたしかな腕を奮っているのです。

その手順も少々複雑。
まずは「マンガン鉱物」を使って、糸を手染めします。 その染めた糸を織って、無地の生地を完成させるのです。 このとき、生地は茶色に仕上がっています。
そして、ここからが生地のプリント。 機械を使って、「黒く染めたい場所」に酸化剤入りの糊(のり)を乗せます。 その上から「おがくず」をふりかけて、糊を乗せた「黒く染めたい場所」にだけ、おがくずが残るよう にするのです。
そうして今度はその生地を、中和剤が入ったプールにくぐらせます。 すると、おがくずが乗っていなかった部分は白色に変色し、おがくずが乗っていた部分は酸化で 黒色に変色するのです。 こうして、茶色い生地を白色と黒色に染め分け、絵柄を作るというわけです。 最後に洗いをかけて、できあがり。 手作業なので多少のムラ感や色ブレも残りますが、それも味わい深く、マンガン染めの魅力なの です。

職人たちは言います。「判で押したような同じ具合にはいかない。色が赤みにふれたり、季節に よっても変わってしまう。ずっとやってきたけど、まだ発見がある。マンガンは生きものだよ」。 この工場が、日本で最後の一軒になってから30年以上が経ちました。 来年の夏も同じようにマンガン染めの生地を生み出せるかどうかはわかりません。 そのような意味でも、この素材は今、とても貴重なものなのです。

今回は、そんなマンガン染めで2色の柄を用意しました。 紺色を基調に昼咲月見草を描いたもの、そして白色を基調にデザイナーが夏の庭で見た植物を 描いたもの。それぞれに大切な想いを込めました。 どちらも大きめの柄ながら、すっきりと美しい印象を与えてくれるはずです。

日々を涼しげに彩ってくれる、貴重なマンガン染めの洋服たち。 
特別な一着として、この夏の思い出にくっきり残りますように。




(文:中前結花)