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小さい目をコツコツと

かじかむ寒さは苦手でも、ニットに包まれる冬は待ち遠しい。ふっくらととあたたかな冬服には、そんな恋しいような魅力があります。

今回お届けするのは、ヘリンボーン柄のセーターのお話。
 大柄ですが派手になりすぎない、素朴で馴染みの良いデザインです。飽きが来ず、何度もク ローゼットから取り出してまとってもらえる1着にしたい、と作り上げました。

ヘリンボーンとは、直訳すると「ニシンの骨」。 
開いた魚の骨のようにV字を連続させた模様をいいます。日本語では「杉綾」。冬の木立や 山の風景を想起するような柄です。
 今回は、裾に向かって大きなV字に広がっていくよう、小さなヘリンボーンから大きなヘリ ンボーンへのグラデーションのような編み柄にしています。 
クラシックな印象の強いヘリンボーンを少し崩し、オリジナルなものに仕上げました。

オリジナル柄のニットは、多くの工程を経て生み出すもの。

最初は、たくさんの糸のなかから「これ」というものを選ぶことから始めます。 
デザイン、季節感、風合いを確かめ、毎シーズン山のような糸のサンプルの中からイメージ に近いものを選び取るのです。 
このヘリンボーンで使ったのは、毛足のやわらかなアルパカの糸。くるくるとループを繰り 返している糸で、少しぼやけたやさしい表情を作ってくれます。
 そして、1マスをニットの目に見立てた方眼紙を用意し、絵柄を考え「編み図」を制作して いきます。ひと目ひと目、パズルのようにマス目を塗りつぶしていく地道な作業。集中力が 必要な工程です。 
完成したら、その絵柄を試し編みします。使うのは、家庭用の編み機。楽器のキーボードほ どの大きさで、ひと昔前は一家に一台普及していたような身近なものでした。ハンドルを横 にスライドさせると、つらつらと編み目が出来上がっていきます。 
「編んでみなければわからない」というのがニットのおもしろさであり難しさ。 コップを置くコースターほどのサイズのものをいくつも編んで、並べて考え、ようやく製品 にするデザインを決めるのでした。

この試しに編んだ小さなニットが、工場への指示書のひとつになります。

工場からサンプルが届けば、今度は実際に着てみて、あらゆることをチェックします。
 柄の大きさや分量におかしなところはないか、サイズ感、シルエット、編み目の詰まり具合 などを確認し、さらに全体の風合いについてもよくよく検討します。 ニットを囲んで話し合い、何度も何度も修正を重ね、そうして時間をかけながら「よし」と 思えるものを慎重に作り上げるのでした。

ニットが教えてくれるのは、かけあわせの楽しさです。 
糸の風合い、色、太さ、そして編み方次第で、完成するもののバリエーションはどこまでも 広がります。
その中から、一つひとつを選び取り、ひと目ひと目の編み地を作っていくのです。
そして、どんな大作も解けば1本の糸。そんな不思議も、ニットに引き込まれてしまう魅力 のひとつかもしれません。

このセーターも、まさにこのヘリンボーンのグラデーションのように小さな編み地から徐々 に徐々に積み上げ、ようやく完成しました。 そこには、わたしたちのいつもの小さな選択と良いものを届けたいという祈りが込められて います。
コツコツと編み上げられた、ふっくらやさしいニット。 軽やかな着心地のこのニットが、冬を彩る特別な1枚になりますように。

(文:中前結花)