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「春」がくること。

春服に身を包んだなら、どこか遠くへ足を伸ばしたくなってしまいます。 けれどそれが、ちょっと離れたパン屋さんでも なんだか立派なお出かけになってしまう気がする。 そんなところが、春服のうれしいところです。
春の色は、とっても自由。 たくさんの植物が順番待ちでもするように徐々に花をつけ、 街のあちらこちらをたくさんの色で彩ってくれます。 あたたかな色みを身に纏っても「ああ、春らしいわねえ」 と目を細めてもらえるし、 涼しげな色を身に纏っても「まあ、もうそんな季節なのねえ」 とにっこりと微笑んでもらえる。 そんな、洋服選びがいつにも増してなんともたのしい季節を、 どこか、長くずっと待ちわびていたような気がしています。
めいっぱい「色」をたのしむことができること。 無事に1年が始まってくれること。 今年はそんな季節の巡りに、 これまで以上に、うんと感謝できるようになった、 わたしたち、そしてみなさんがいるのではないでしょうか。
思い返せば1年前は、
店頭で色とりどりに並んで待つ洋服たちを あまりたのしんでもらうことのできない1年でした。 用意した、真新しい「色」たちも充分に届けることができなかったかもしれません。 今年は、ほんの少しでも「目からたのしむ春」をお届けしたい。 季節の移りをやさしい色で伝えたい。
丁寧に春服をこしらえながら、 そんなことを願ってやまない日々を過ごしていました。
ふと思い出したことがあります。
以前、とあるお客さまに
「パラスパレスの色は、どうやってつけているの?」 と尋ねられたことがありました。 聞けば、「独特の深みがある色遣いだから、気になって」と続けてくださるのです。 それはとてもうれしい響きでした。
「色の深み」。 それは、わたしたちがとても大切にしているものだったからです。
パラスパレスは、糸からオリジナルで作っている洋服が、 とても多いブランドです。 すでにある糸、すでにある生地を「これ」と選んでしまうことは簡単ですが、 “この春はどうしても、こんな色のシャツに袖を通してほしい。” “この白には、こんな緑をどうにか組み合わせたい。”
いつもそんな想いから、新しい色を作り出すのです。
アトリエには、同じような色みの糸や生地の端切れを瓶に詰め込んで、 細かく分けて、それはそれはたくさんストックしています。 その中からさらに、思い描く色みに近いものを選び、 カラーチップと一緒に、
「ほんの少しだけ黄みを足してください」 「濃度を20%ほど濃くしてください」 といったコメントのやり取りで染め屋さんと一緒に、 糸の色を作っていきます。 1度で完成することはめずらしく、何度も何度も 「もう少し、くすみを」「渋みを」と細かな調整を繰り返していきます。 「これだ!」とたどり着いたときの喜びは、言い表せないほど。
そこから糸や生地にして、徐々に洋服へと仕上げていきます。 そして、いつもの春も、いつもの夏も、秋も冬も、 店には真新しい色の洋服たちが、機嫌良さげにずらりと並び、 季節の訪れを目からたのしんでもらえるように、と わたしたちもその日を心待ちにしているのでした。
洋服は、おしゃれは、暮らしに必ずしも必要なものではないかもしれません。 けれど、季節を感じ、その巡りを喜び、心をふわっと動かし煌めかせてくれる、 とても尊いものだと、わたしたちは信じています。
この春が、あなたの好きな色で、誰かの好きな色で溢れますように。 やさしい陽気を浴びながら前を向いて歩くのがたのしい季節であることを 心から願っています。

(文:中前結花)