目のあと、心も奪われる。
時おり、わたしたちの目は、その意思とは関係なく、
ぱっと何かを捉えて、離せなくなってしまうことがあります。
自然と目がいく、そして、すっかり心まで奪われてしまう。

そういった出会いがわたしたちの毎日に
すこしずつ新しいものや素敵なものを運び込んでくれる気がします。

冬を控え、店頭にその洋服が並ぶと、
たちまち誰もかれもの目を奪ってしまう、
そんな、惚れさせ上手なニットのカーディガンがあります。
そっと触れるとやわらかで、ふんわりと軽くてあたたかい。
「いったい、袖を通せばどんな心地だろうか」
と指先の感触から、ぐるりと想像をめぐらせてしまう、
今年で7年目の冬を迎える、毎冬の人気ものなのです。

素材は、ウルグアイで育てられた羊の毛。
遥か遠地で育まれる、その原料に心を奪われ、
ついにはウルグアイに旅立ち、1ヶ月間、羊たちと生活を共にしたニットディレクターの渋谷渉さんに、このウールの魅力をうかがいました。


渋谷さんが現地へと旅立ったのは冬のこと。
牧場の馬たちからは、薄く白い湯気が漂う気候です。
「見学に行って、ただ工程をなぞるだけでは到底わからない、
細かな作業や、働く人たちの想いも汲み取ることができました」
と渋谷さんは話します。

広大な土地と、自由で温厚なガウチョ(カウボーイ)たち。
しかし、そこで行われているのは
きめ細やかで、徹底した「管理」でした。

羊たちのエサは牧草。
その成長具合にあわせてきっちりと計画を立て、日々羊たちを移動させます。
ウルグアイの羊たちの毛のクリンプ(波状の屈曲)が、
とても均一に整っているのは、
彼らの栄養状態が安定して、とても良好であることの証なのだそう。

雨の翌日には、ぬかるんだ地面を歩いた羊たちが足の病気にかからぬよう、
きっちりとケアをします。
そして集団ごとにフンを採取し、
病気にかかっていないか検査することも欠かしません。
ノートにびっしりと書き込んで、状態を常に把握する。
羊たちは、ガウチョたちの眼差しによって日々守られているのです。

またウルグアイでは、食肉用のルートを用意するなど、
農場を、農業協同組合が支えています。
ファッションの需要に左右されてしまう羊毛だけでは、
農場は経営難に陥ってしまうことも。
農場が困らぬよう、そしてウルグアイウールの生産を決して絶やさぬよう、
農場もまた、しっかりと管理・保護されているのでした。


馬に乗り、羊たちの世話をし、羊毛を刈る体験をする。
お産を見て、命の終わりも目の当たりにして、
目が回るような毎日を過ごした渋谷さんの1ヶ月間。
迎えた帰国の日に渋谷さんがカメラで撮影したのは、
早朝4時半に見上げた、星空でした。
広大な大地と、遥か日本までもどこまでも続いている静かな空。

そして今、その続きを生きるように、
渋谷さんはまた日本でものづくりと向き合っています。
「素肌に着ても、本当にチクチクしないんですよ。
あったかいし、気持ちがいいんです」
ウルグアイでの時間を愛おしむように、恋しむように、
渋谷さんは語ってくれます。
日本の繊維工場の未来のために、工場や生産地をつないで、
それぞれの独自のものづくりを生み出して行くのが、
渋谷さんのお仕事。
今日も、並々ならぬ想いを込めて、ニットのものづくりを楽しんでいます。

そしてそのひとつが、このやわらかであたたかい、
「惚れさせ上手なカーディガン」というわけ。

縫合せず、全体を編み上げる「ホールガーメント」という技法でつくられ、
糸と技とデザインの絶妙なバランスが、
カジュアルでいて、たっぷりと上品なこの風合いを生み出しています。

ふわりと羽織れば、すっと馴染んで、
誰かの目をきっと奪ってしまうはず。
そんな気分のいいニットに身を包んだなら、
ちょっとぐらい冷たい風が鼻先をかすめたって、
なんだかどこまでも歩いて行けそうな気がしてきます。

目の次に動くのは、心です。
誰かの心を奪ってしまうカーディガン。
寒い冬も、いつも胸はどきどきとあたたかくして過ごしましょう。
(文:中前結花)
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